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あの日・・・ ブログトップ

3年 [あの日・・・]

あの日から3年がたちました。早いもんです。
身の回りでは震災の傷跡を見ることの方が少なくなりました。

当時、生後半年に満たなかった下の子がもう3歳です。
震災の記憶がない世代がこうやって育っていくんですねぇ・・・。

とはいえ、いまだに多くの方々が避難生活をしていますし、
沿岸部の復興は未だ道半ばといったところです。

未だに風評も絶えず、心底困っている方も多いでしょう。
その一方で詐欺まがいの商売で金を稼いでいる輩もいるようです。
私も現代のベートーベンにはコロッと騙されました。畜生め!

人間、パニックになると情報の精査がしにくくなりますが、
そんな時だからこそ物事をしっかりと捉えて自分で考える必要が
あるんでしょうね。原発関連とソーラー関連は胡散臭い話聞きますし。

あれだけの爪痕がそう簡単に復旧するとは思えませんが、
被災地には年々、明るい話題が増えて行けばいいなぁと思っております。

黙祷

2年 [あの日・・・]

あれからもう2年っすか・・・。早いもんだ・・・。
まだ半年くらいしか経ってない気がする。

自分の生活周りはすっかり復興してるんですけどね。
でもなんかあの日から変わった世界が修復されて無い感じ。
当事者になるとやっぱり違うもんですねぇ・・・。

仕事柄、被災地へは何度か足を運びましたけど、まだまだ道半ば。
テレビなんかはこの日にあわせてここぞとばかりに報道してますけど、
普段は原発のことですらほとんど報道しなくなっちゃった。
(まあ、茨城は当初から無視だったけど。)

各地の大震災の時もこうだったんだろうけど、当事者にとっては
余計に「あの日が忘れ去られる」って意識が強いのかもね。

ま、個人的にはあの震災で色々と人生観変わって
家買ったりしちゃったんで、全てが負に向かったわけじゃいですけど。
自分の中じゃいつまでたってもあの日は忘れられないんだろうなぁ。

黙祷

ミズミズパニック [あの日・・・]

昨日で終わろうと思ったんですけど、1つだけ

昨日、茨城県中部にある自治体の水道水からも

188.7Bq/kg

の放射性ヨウ素が検出されたと県から発表されました。
乳幼児に与えてはいけないとされるレベルを軽く超えたので
近隣自治体を巻き込んだ完全な水パニック状態になっています。

昨日、買い物に出た時点では豊富にあった水が全く無い。
水以外の飲み物は山積みですが、水だけはどこにもない。
昨日まで一部断水の地域があっても水は残っていたんですがねぇ・・・。

うちでも4ヶ月の子がいますので、朝から水を確保すべく奔走しました。
自分は朝から水道水がぶ飲みしてますが、子にはそうもいきません。
少しでも悪いものは飲み食いさせたくないってのが親心です。

ギリギリ1週間分くらいは確保できたので、なんとかなるかなぁ?
母乳で育ててる人も水には注意しないといけなくなってるでしょうし、
原子力による二次災害は暫く続きそうですねぇ・・・。

あ・・・・、魚の水換えどうしよう・・・。
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それでも前を向いて歩こう [あの日・・・]

ここ数日間の雨のせいでしょうかねぇ・・・
ここ数日気分が下を向いていました。

ブログの内容も不安定ですね。申し訳ない。

今日、震災後初めて実家に戻っていた妻子の顔を見ました。
元気にしている子供を見て、「俺がこれじゃダメだ」と思いました。

もう、後ろを向くのはやめます。前を見て歩いていきます。
皆さんも大変でしょうが少しずつでも進んでいきましょう。

昨日テレビで被災地でドラム缶風呂をつくってる人が

「俺はネバーギブアップって言葉は好きだよ」

って言ってました。大した人だなと感心してしまいました。
自分もその精神で前に進んでいこうと思います。

ですので、明日からは普通の金魚ブログに戻ります。
更新頻度もいつも通りにもどります。ご容赦を
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壊れていく [あの日・・・]

昨日の記事を書いた後、急に気分が悪くなって寝込んでました。
自分では何とも無いと思っていても、疲労やストレスがあるようです。

マスコミの震災関係の話は徐々に少なくなってきました。
結局、茨城の震災被害はほとんど出ませんでした。

地元新聞などを捜して色々と情報を探してみると、
沿岸部の被害の大きさはかなりのものであることが分かりました。

そんな中、こんな記事を見つけました。
(クリックで拡大)

茨城.jpg


現地に入った専門家の話では、県北部の津波は
最大で6.3メートルに達した可能性があるそうです。

また、徐々に改善を見せているガソリン供給ですが、
ほとんどの移動手段を車に頼る茨城では厳しい状況が続いています。
我慢の限界も近いのでしょう。(クリックで拡大)

茨城2.jpg


昨日には基準値を超える放射能を計測したほうれん草の
出荷規制もありました。他の野菜もキャンセルが相次ぐでしょう。
暫くは風評被害で茨城の農作物は売れないと思います。

原発による海洋汚染の話も出ています。
こちらの風評被害も出ることでしょう。

震災の後の人災も大きな爪あとを残しそうです。



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当日の記憶 [あの日・・・]

今日は雨。とても歩いて周りを見る気にはならないので
当日の話でもまとめてみようかと。

あの日は仕事で職場にいました。
仕事も終盤に差し掛かった頃に、あの地震が来ました。

最初は地鳴りと「いつもより揺れるな」位の状態が数十秒続く。
その後、突き上げるような猛烈な揺れ。立っていられない。
動けないので近くのラックにしがみ付き、耐える。

地震が収まった後はとにかく外に出ようと外に向かう。
その途中でまた大きな地震。また動けない。

やっとの思いで外に出る。特にけが人はいなかった様子。
外に出てホッとしていると、今度は「津波が来る」との情報
全員で高台へ逃げる。そこで暫く待機。

その間、各々は携帯電話で家族の安否を確認したり、情報を得たり。
自分も連絡を取ろうとするが、全く繋がらない。仕方なくメールを打つ。
1時間半ぐらい経過した頃に、嫁からメール「全員無事」とのこと。
心配事が一つ消えて大分落ち着く。

夕暮れになり、帰ることに。ただ、この頃も津波の情報がたびたび入る。
一部通行止めの情報がきていたし、大渋滞だったので仲間と歩いて帰る。
道路の亀裂や塀の倒壊、落ちた瓦がそこらじゅうにある。

途中、小さな橋を二つ超える。1つ目の橋を渡っている時、川下から
1メートル程度の津波が登ってくることに気付く。走って逃げる。
2つ目の橋に着くと、欄干のすぐ下まで水位が上がっている。とにかく走る。

橋の先の坂を上って振り返ると、2つ目の橋の上まで水が。
生死に影響は無い水位だろうが、それでもゾッとする光景だ。

暫く歩いていくと、向こうから買い物袋を下げた人がくる。

「コンビニやってるんですか?」

と聞くと、

「凄い並んでるけど、やってるよ。物はあんまりないけど。」

とのこと。仲間と走ってコンビニへ。バッテリーが動いているのか
レジと非常用照明が付いていた。僅かに残ったお茶と菓子を買う。
自分達の支払いが終わった直後にレジと非常用照明が消える。
一瞬、店内がざわつくが、店員が呼びかけ、電卓で計算を始めた。

聞いた話では、多くのコンビニが同じように販売を続けたらしい。
店員の方々には感謝する。そのおかげで数日間飲み食いが出来た。

その後、どのくらい時間がかかったか分からないが家に着く。
鍵を開けて中に入るも、真っ暗で何も見えない。

靴のまま中に入り、懐中電灯を探す。台所を通ると
足元は食器の破片だらけらしく、一歩進むたびに何かが割れる。

やっとの思いで懐中電灯を見つけて明かりをつける。
家の中はぐちゃぐちゃ。不幸中の幸いは、水槽が割れずにいたことくらい。
ただ、水槽の水は盛大にこぼれていて、部屋中が水浸しだ。
暫く、室内に水槽を置く気にはなれない。

車も無いので、外にいるわけにもいかず窓を開けたまま布団に入る。
余震で全く眠れない。早く夜が明けてくれと願うのみ。

・・・まあ、こんな感じでした。翌日昼までは放心状態で
その後に部屋の片付けだのなんだのしてました。

思い出すと結構怖い思いしてますね。当初はテンパってましたし、
自分も家族も生きてるってだけで何の問題もないと思ってましたけど。

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徐々に復興へ [あの日・・・]

昨日の地震(震度5位)は普通なら大慌てする規模ですが、
毎日のように余震が続いていると慣れちゃいますねぇ。

「結構ゆれるけど、立ってられるから問題ねーや」

って感じで家の外にも出ずにいました。慣れって怖い。

さて、先日書いた通り水道管の復旧が徐々に進んでいますが、
水圧が足らない時も多いので、給湯器があまり動かない。
まあ、安心して水が飲めるだけで今は良いけども。
(放射性が高い水も出ているようですが、気にしない)

今日は、歩ける範囲で近所の店の状況を確認してきました。
いつもなら車でどこまでもいけますが、今はそうもいきません。
歩いてみると、道路の陥没が応急的ですが復旧していました。
割れたガラスや塀の崩れも大分片付いていました。

コンビニはどこもやっていました。ただ、夜には閉まるようです。
カップめん等は無いですが、弁当類は普通に売ってました。

スーパー等も品不足ではありますが数店で営業していました。
野菜や果物は豊富ですが、肉、卵、パン、納豆とかはありませんね。
まあ、「食わなきゃ死ぬ」って物じゃないので問題ないです。
惣菜類は店によって有ったり無かったりでした。
こちらも夕方には閉店するようです。

ガソリンスタンドは3店とも「入荷未定」で閉店してました。
いつになったら安定供給されるんでしょうかねぇ?

歩いた感じでは、車を使わなくとも生活に支障が無いですね。
ここまで戻ってくれれば、とりあえずは一安心です。
あとはとにかくガソリンですかねぇ・・・。
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被災者から見たあって助かったもの [あの日・・・]

まあ、世の中防災用品は溢れてますけど、
いつ来るか分からない天災に常備とか無理

なので、自分があってよかったもの、欲しかったものを書く

あって助かったもの

・軍手
 地震後の片付けや防寒具として非常に役に立った。

・ダンボール
 割れ散らかった台所の食器は片付けた後でも
 掃除機してからじゃないと怖くて靴無しじゃ歩けない。
 そんな時はダンボールを敷いていくと結構安心。
 他にも考え次第で使い方色々。

・カイロ(寒い時)
 余震による火事が怖いから火は使えない。
 カイロがあると物凄くありがたいらしい。
 嫁さんの買い置きを近所に配ったら、えらく喜ばれた。
 (自分は贅肉と脂肪があって必要なかった)

・ゴミ袋
 物を捨てるのはもちろん、着れば暖かいし
 考え次第で色々使える。地域指定のすぐ破れるのはイマイチ。
 昔からある、黒のゴミ袋みたいなしっかりしたやつが使いやすい。

・リュック
 背負えれば何でも良い。手提げだけだと量がもてない。

・大き目の懐中電灯
 夜に外を動くなら必需品。電池の備蓄も忘れずに。

・ロウソク
 室内の明かりならロウソクでたりる。
 余震に備えて、鍋の中とかで使うと安心。

・水とかお茶とか
 水以外にもお茶とかなら煮炊きに使える。

・キムチ(寒い時)
 賞味期限が長いやつ。煮てもいいし、そもままでもいい。
 冷蔵庫がダメでも外でそこそこ日持ちした感じ。

・石油ストーブ
 昔からあるやつ。暖かいし、煮炊きに使えるし。
 煮炊きだけならカセットコンロも良い。 火事に注意。
 
あったらいいなと思ったもの

・風呂の汲み置き水
 前日に抜いてしまったのが凄く悔やまれた。
 普段は汚い水でも、被災時はありがたく感じる。
 潔癖症の人は被災時にとんでもなく困ると思う。

・ラジオ
 携帯だと充電切れが早い。被災時は圏外になったりして
 電波を探すのに余計に電気を使ってる感じ。
 ラジオが無くて数日間情報無しの暮らしだった。

・auの携帯
 まあ、契約数とかの問題もあるんだろうけど、
 auの携帯だけはそこそこ繋がって使えていたみたい。
 ドコモはメールは数時間遅れで通話は全然ダメ。
 ソフトバンクは問題外だったらしい。

・蓋と取っ手のついた大き目の入れ物
 給水車に水を貰いにいくときに凄く便利だと思う。
 具体的には灯油のポリタンクとか焼酎のボトルとか。
 世の中には折りたたみ式のものもあるらしい。

・ガソリン入れる金属タンク
 ガソリン買うのに数時間する場合、それだけでガソリン使う。
 どうせ、量が制限されて10~20リットルしか買えないんだから、
 手持ち容器で買いに行ったほうが良いと思う。


・・・・とか書いてたら凄い揺れだ・・・。勘弁してください。


 
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うーむ [あの日・・・]

先ほど、ニュースで震災支援サギが横行していることを
読みました。空き巣被害も増えつつあるようですね。

人の善意を食い物にする連中はまったくもって嫌になります。
皆さんは騙されないようにご注意ください。

さて、原発は未だに予断を許さないようですね。
既に多くの放射性物質が撒き散らされています。

茨城でも、一部は汚染されてしまったと見るべきでしょう。
食品から基準を超える放射性が検出されているようですし。
でもまあ、ここで生きていくしかありません。

東電はこの先どのような補償をしてくれるんですかね?
未来永劫電気代無料程度じゃ足りないと思いますけども。

当該地域の方々はもっと深刻な被害を背負っていくのでしょうね。

原発は地域経済に多大なる利益をもたらすのは確かですが、
それは100%安全に運転されているからこそです。

関東の人間のための原発で避難生活を強いられている
方々には非常に申し訳ない気分で一杯です。

それと、現地で必死に対処している方々には敬意を表します。
危機管理能力の無い政府と頭だけで体が動かない上層部に
振り回されていて非常に作業しにくい状況だとは思いますが、
自分の身を守りつつ頑張っていただきたいと思います。

この先、地域の電気は地域内で発電することになったら
関東はどうなるんですかねぇ?東京湾に原発でもつくります?
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安全運転で [あの日・・・]

我が家の水道は復旧しましたが、線路を挟んだ数十メートル先では
浄水場が壊滅的被害を受けたようで未だに復旧未定のこと。

そんな中、職場から連絡があり、「1週間は自宅待機」だそうで。
職場は線路の向こうなので水道が復旧してないようです。
これから先の仕事の心配も出てきましたねぇ・・・ふぅ。

さて、計画停電で各地で事故が起きているようですね。

日本でも有数の「運転の荒さ」で知られる茨城ですが、
(昔は「水戸ナンバーを見かけたら注意しろ」と言われたほど)

地震から数日間の停電の間、事故を見ることはありませんでした。
警察官のいない交差点も数多くありましたが、譲り合ってました。
普段は我先にと走る茨城では信じられない光景でした。

茨城人でも出来るんですから、皆さんも事故に注意して
譲り合い運転をしていきましょう。

ちなみに自販機の破壊や店舗への押し入りも見ていません。
日本人の我慢強さ、冷静さ、道徳心を垣間見た気がしました。

最後に付け加えておきますが、電気が復旧して信号が戻ったら
皆いつもの荒っぽい運転に戻ってました。茨城らしいですな。
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冷えますね [あの日・・・]

今日の朝は寒かったですね。予報では明日朝も-5℃だそうです。
うちはもともと暖房器具がほとんど無いので特に問題ないですが。

給湯器が動かない原因は水圧不足だったようです。
今日の昼過ぎになったら無事にお湯が出ました。
1週間ぶりのシャワーは涙が出るほど気持ちよかったです。

1週間ぶりに洗濯もしました。いつ復旧するか分からない状態だった
数日前までは3日に1回着替えるのがやっとだったので、量は少ないですが。

嫁や子は地震の前日に実家に遊びに行っていたのが不幸中の幸いでした。
家族全員がここにいたら全てが足らずに困っていたと思います。

まあ、実家も多少は被災していますが、農家で発電機や井戸がありますので。
昔の生活環境が残っているところほど被災時には強いなと感じました。

さて、今日は少し離れたスーパーに買い物に行ってきました。
近所では2日前まで建物の被害もあって駐車場で袋詰めされたお菓子や
カップ麺を買うのに数十分待たなければいけない状況でしたが、
今日行ったところでは普通に店舗内で営業してました。

みんなが欲しがるようなものはほとんどありませんでしたが、
店が営業しているというだけで非常にホッとしました。
物資不足は今日本中で起きているので仕方ないと思います。
数日すれば徐々に流通していくでしょうし。

今日の夕方は計画停電をしても停電の恐れがあるようですね。
皆さん、節電していきましょう。私も書き終わったらPCを落とします。

あと、なんか自粛ムードがネット上にもあるみたいですが、
被災してない場所は節電しつつ、いつもどおりでいていただきたい。
「あ、他は全然大丈夫なんだな。」って思えると結構安心できるので。
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水が出た [あの日・・・]

今日、水道がチョロチョロですが復旧しました。
ほぼ1週間ぶりに久々にシャワーが浴びれると大喜びで
給湯器をつけ、シャワーを出して服を脱ぎ、暫く待ちました。

・・・しかし、数分経っても水のまま・・・。

コンロの火はつくので、ガス給湯器が地震で壊れた様子。
この寒さの中、水シャワーを浴びる勇気はないので、
物凄く悲しい気分で服を着ました・・・。ちょっと泣きそうでした。

男だから、このくらい風呂なしでもなんとか我慢できますが、
女性の方はきついですよねぇ・・・。頭とかメチャクチャ痒い。

普段の生活っていかにありがたいか実感しています。

あと、ガゾリン不足がどこでも深刻みたいですね。
この辺は既に在庫が尽きたスタンドが多いようです。
田舎は車がなきゃどうにもなりませんから大変です。

東北の被災地では既に命に関わる状況になっている様子。
一刻も早い補給が待たれます。

あ、今日震度5弱の余震がありましたけど、大丈夫でした。
ただ、余震のたびに地盤が弱い場所では道路が沈みます。
崩壊しないことを祈るばかりです。
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計画停電 [あの日・・・]

テレビを見ていると計画停電で様々な場所に弊害がでているようです。
ネット上でも様々な形での怒りの文書も見受けられます。

ここは被災地ですので、現状は計画停電から除外されていますが、
私は少しでも協力したいと思い、最小限の電気で生活しています。

地震発生後から昨日まで夜の明かりはロウソクのみでした。
今はPCの画面の明かり+ロウソクで過ごしています。

正直言えば、照明をつけたいです。物凄く怖いので。

地震は2つあって、急に来るものと地鳴りがするものがあるんです。
急に来るものも怖いんですが、それ以上に地鳴りがするものが怖い。
夜、真っ暗な中で「ゴゴゴゴゴ」と聞こえてくるときの恐怖。
これは体験していない方には分からないと思います。凄く嫌です。
現状は余震も減りましたけど、でも怖いです。

皆さんも色々と不便でしょうが、暫くの間我慢しましょうよ。
原発がああなちゃったら、電気なんて足りなくなって当然なんです。
慣れればまあ、なんとかなりますって。
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俺はまだ死なない [あの日・・・]

こちら茨城中部、生きています。

地震から3日、電気が復旧しました。ネットにつかがるとは思わなかった。
水道は復旧未定。ガソリンスタンドは数時間待ちで在庫も尽きつつあるようです。
多くの人が僅かな食料や水を手に入れるために数時間の行列を待っています。

・・・さて、ようやくまとまった情報が手に入る状態になって考えるに
茨城の被害は東北太平洋岸に比べれば極めて小さいです。
沿岸部の津波も東北に比べれば小さいでしょう。報道もほとんどされていません。

しかし、多くの家では壁にひびが入り、瓦が落ち、塀が倒れています。
道路の多くは陥没、隆起し通行止めの箇所も方々にあります。
沿岸部では津波の影響もありますし、山間部ではがけ崩れも起きています。

それだけは知って欲しいです。先に助けてくれとは思いません。
でも知っていて欲しいです。

落ち着いたら、自分のためにもここ数日のことをまとめたいと思います。
今は正直、生きるのに必死ですので。
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